【かんたん解説】
矯正用アンカーとは、歯を動かすときに“動かしたくない側”をしっかり固定するために使う装置や仕組みのことです。
例えるなら、**ロープで何かを引っ張るときに地面に打ち込む杭(くい)**のようなものです。
従来は奥歯などを固定源としていましたが、近年では「ミニスクリュー」と呼ばれる小さなネジを歯ぐきの骨に直接埋め込む方法(TAD:Temporary Anchorage Device)が主流になっています。
これにより、より正確に、より効率よく歯を動かすことが可能になり、非抜歯矯正の選択肢が広がるなど、治療の自由度が大きく高まりました。
【専門的な解説】
矯正用アンカー(orthodontic anchorage)とは、**歯列矯正において歯の移動時に生じる反作用(反力)を抑制または制御するための固定源(anchorage)**である。
矯正治療では、歯をある方向に動かそうとすると、その反対側にも同じ力がかかる。この反作用を**“固定源”で制御できるかどうか**が、治療の成功に直結する【1】。
■ アンカーの分類
- 従来型アンカー(生物学的アンカー)
- 固定源:奥歯(臼歯)やヘッドギア、口蓋装置など
- 問題点:反作用によって固定側の歯が動いてしまうことがある - 絶対的アンカー(スクリューアンカー)
- 骨に植立したミニスクリュー(TAD)やミニプレートなどを使用
- 特徴:固定が動かず、歯の移動方向・量を自在にコントロールできる
■ ミニスクリューアンカーの特徴
- 材質:主にチタン製で、生体親和性が高い
- サイズ:直径1.2〜2.0mm、長さ6〜10mm程度
- 設置部位:上顎・下顎の歯槽骨、口蓋、頬側歯肉など
- 利点:
・患者協力が不要(コンプライアンスフリー)
・従来は不可能だった歯の移動が可能に
・治療期間の短縮や抜歯回避の可能性
■ 臨床応用例
- 上顎前歯の後退(出っ歯治療)
→ 従来は奥歯を固定源とする必要があったが、ミニスクリュー使用により前歯だけを後方移動できる - 臼歯の圧下・挺出
→ 垂直的な歯の位置調整が可能となり、開咬・過蓋咬合の治療に応用 - 歯列の片側移動・非対称補正
→ 左右のアンカー使用に差をつけることで、側方移動や回転が実現 - 矯正外科との併用
→ 術前術後の微調整に有効
■ 設置と管理
- 設置は局所麻酔下で数分程度の処置
- 成長期でも使用可能だが、骨密度と設置部位の評価が必要
- 使用中は感染予防のため清掃指導が重要
- 治療後は撤去され、痕跡もほぼ残らない
■ 合併症と注意点
- ミニスクリューの脱落(数%程度)
- 歯根損傷のリスク(CTで事前確認が望ましい)
- 炎症・感染(プラークコントロール不良時)
- 粘膜の刺激・不快感
そのため、設置部位の選定・術者の技術・患者の清掃指導が成功の鍵を握る【2】。
■ 今後の展望
矯正用アンカーの普及により、「固定の限界」が大きく克服されたことで、非抜歯治療・部分矯正・成人矯正・難症例への対応が飛躍的に進化した。
今後は、以下のような発展が期待されている:
- スマートアンカーによる力の可視化
- CAD/CAM技術による精密ガイド設置
- 低侵襲・短期使用向けの次世代TADの開発
【脚注と参考文献】
【1】Proffit, W. R., Fields, H. W., Sarver, D. M. (2019). Contemporary Orthodontics (6th ed.). Elsevier, Chapter 15, p.460–470
【2】宮崎隆(2020). 矯正用アンカースクリューの臨床活用と予後. 日本矯正歯科学会雑誌, 79(2), p.140–145
【3】石田智之(2021). 成人矯正におけるTADの選択と設置戦略. 矯正臨床ジャーナル, 30(1), p.58–65