上の前歯が大きく傾き、下の前歯が見えないほど深い咬み合わせの矯正治療についてです。
咬み合わせが深いことを『過蓋咬合(かがいこうごう)』と呼んでいます。
過蓋咬合と前歯の大きな傾斜の矯正治療
前歯の大きな傾斜を伴う過蓋咬合の矯正治療の例を、正面から見てみましょう。
正面のようす
上の前歯は、全体的に左側になびくように傾いています。
このように並んでいる原因として、永久歯が生えてくる時期が左右の前歯で違っていたことが考えられます。
前歯の永久歯は、一番前の歯(中切歯)が先に生えてきて、次に2番目の歯(側切歯)が生えてきます。
中切歯がきれいに並ぶように生えてきたとしても、側切歯の生えてくる時期に左右差があると、先に生えてきた側切歯がきれいに並び、後で生えてきた側切歯がはみ出してしまうということがあります。
今回の場合は、おそらく右側の側切歯が先に、左側が後に生えてきたのではないかと考えられます。
もちろん、原因になり得ることは他にもあります。
しかし、永久歯の生えてくる順番や乳歯の抜ける時期は、歯並びに影響を与えることが多々あります。
上の歯に隠れて見えない下の前歯のようす
下の前歯は上の歯に隠れていて、ほとんど見えません。
下の歯だけを見てみると、過蓋咬合となった原因の一つが予測できます。
下の前歯は、通常4本ですが、元々1本足りませんでした。
本来の歯の本数と違うことは度々見かけますが、病気というわけではありません。
しかし、上の歯より下の歯の本数が少ないことによって、歯が並んでいる全体のアーチが上下で合わなくなってしまうことが考えられます。
元々、上の歯よりも下の歯のアーチの方が小さな弧を描きますが、下の歯の本数が少ないことによって、さらに小さなアーチとなってしまいます。
大きな上の歯のアーチが、下の小さなアーチを覆い過ぎてしまうことにより過蓋咬合となった可能性が考えられます。
過蓋咬合と前歯の大きな傾斜の矯正治療の経過
上の歯にブラケットを装着
上の歯に、歯を動かすための装置『ブラケット』を装着しました。
ブラケットは固定式の装置で、ワイヤーを通すための溝があります。
初めて入れるワイヤーは、柔らかいタイプのものを選びます。
ワイヤーが入ると、いかに歯が斜めになっていているか、ワイヤーの波打ち具合からよくわかります。
下の歯にもブラケットを装着
上の歯をしばらく並べてから、下の歯にもブラケットを装着しました。
なぜ、ブラケットを装着する時期を上下の歯でズラしたのか?
なぜなら、矯正前の状態では、下の前歯にブラケットを装着すること自体、物理的に不可能だったからです。
咬み合わせが深い場合、下の歯の表側につけた装置と上の前歯の先端が当たってしまうことがあります。
ですので、少し時期をズラしてブラケットを装着しました。
下の歯にブラケットをつけた頃には、上の歯は少し外側に並ぶように動いていて、上の歯と下の歯の間にブラケットを装着するだけの空間がありました。
過蓋咬合の場合でも、上下のブラケットを同時に装着するためのテクニックは実際にはあります。
しかし、一時的に非常に噛みにくくなるため、今回は避けました。
上の歯の左方向への傾きが改善する
当初あった上の歯の左側になびくような傾きが改善してきました。
しかし、依然として咬み合わせの深い状態が続いています。
歯の傾きが良くなるだけでは、咬み合わせは改善されません。
下の歯のワイヤーを見ると、奥歯の方が低く、前歯の方が高くなっているのがわかります。
下の歯の噛む面(咬合平面)をフラットになるように改善しないと、過蓋咬合は改善できません。
具体的には、下の歯の奥の方は高さを上げ(挺出 ていしゅつ)、前歯の方は高さを下げ(圧下 あっか)なければなりません。
上の前歯の前方への傾斜を改善する
上の歯のワイヤーは、切るとその断面が長方形をしているワイヤーに変えています。
このようなワイヤーをレクトアンギュラーワイヤーと呼んでいます。
先ほど、ブラケットはワイヤーを通すための溝があるとお伝えしましたが、この溝は四角形になっています。
四角形(長方形)の溝に、その幅にギリギリ入る長方形の硬いワイヤーを入れることによって、歯にねじるような力をかけることができます。
今回の力の掛け方は、上の歯が前に傾斜しているのを内向きに動かすためです。
前歯全体に力をかけなければならないので、かなり硬めのワイヤーを使いました。
深い咬み合わせを改善するステージ
上の前歯の傾きが、かなり改善してきました。
ここからは、改善した上の歯列全体を固定の元として、咬み合わせの改善を図っていきます。
下の歯には、咬み合わせの高さを積極的に改善できる複雑なワイヤー(マルチループワイヤー)を装着しました。
ループ状になっている部分を調整することにより、咬み合わせの高さができる仕組みになっています。
マルチループワイヤーは歯に装着されると、調整した部分がわからなくなってしまいますが、下の奥歯の高さを積極的に上げていく(挺出)調整がされています。
もう一つ重要なのが、顎間ゴムの使用です。
歯を引っ張り上げていく作用と、上下の咬み合わせを整えるために必要となります。
同じ調整を地道に繰り返していきます。
顎間ゴムの位置も歯の動きや状態によって変えていきます。
上記の写真では、顎間ゴムは上の歯の外側と、下の歯の内側を繋いでいます。
この顎間ゴムの使い方によって、下の奥歯が倒れているのをまっすぐに起こしていきます(整直 せいちょく)。
歯が整直することによって、さらに奥歯の咬み合わせを高くすることができます。
最終的なワイヤーを装着
下の前歯と奥歯の高さが改善されました。
それにより、下の前歯の見え方は全く変わっています。
下の奥歯により高さが確保されると、結果的に下の前歯は見えるようになってきます。
このステージでは、硬いワイヤーを使用することにより、咬み合わせの安定を図ります。
過蓋咬合と前歯の大きな傾斜の矯正治療が終了
全ての矯正装置を外しました。
一見真ん中が合っているように見えますが、本来の理想的な奥歯の位置になっているわけではありません。
上の前歯は4本、下の前歯は3本なので、どうしてもどこかで帳尻を合わせる必要があります。
実際には、左側の奥歯の位置を1本ずつずらしていくことによって、できる限り咬み合わせに影響が出ないように仕上げました。
保定装置(リテーナー)の着用
上下共に、矯正治療後は保定装置(リテーナー)を着用します。
リテーナーはご自身で着脱可能な装置です。
この装置自体に歯を動かす機能はありません。
あくまでも動かした後の状態をキープするための装置です。
過蓋咬合と前歯の大きな傾斜の矯正治療のまとめ
前歯の大きな傾斜を伴う過蓋咬合の矯正治療の具体的な方法と過程、終了後の結果について、詳しくお伝えしました。
今回、患者さんご自身が一番気にされていたのは、上の前歯の傾きでした。
しかし、ご自身が過蓋咬合であることには全く気づかれていませんでした。
過蓋咬合は、歯に大きな負担をかけてしまうことや、食いしばる力も過剰に働いてしまうことなど、見た目だけではない問題を抱えてしまうことがあります。
歯列矯正は、美容的な観点はもちろん、機能面も一緒に改善できる可能性があります。
逆に、見た目を優先した治療により、機能面での不具合を残してしまうこともあるので、注意が必要です。
過蓋咬合と前歯の大きな傾斜の矯正治療の経過の様子は、YouTubeでもご覧いただけます。
過蓋咬合の改善と前歯が正しく並んでいく様子がよくわかりますよ↓
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